キャリア
キャリア
11つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。
通信キャリア・搬送波
carrier
自社で基地局や回線網を持ち、音声通話とデータ通信を提供する事業者を、日本ではドコモ・au・ソフトバンク・楽天モバイルなどを念頭に「キャリア」と呼ぶ。回線を借りて売るMVNOとの対比で使われる。技術面では、情報を載せて送る電波(搬送波)もキャリアで、複数の搬送波を束ねて高速化する技術がキャリアアグリゲーションである。
キャリアの回線を借りるMVNOに乗り換えて、月額料金を下げた。
航空会社
carrier
航空会社を指す言い方。機内サービス・預け荷物・座席指定などが運賃に含まれるかどうかで、フルサービスキャリア(FSC、レガシーキャリアとも)、ローコストキャリア(LCC)、その中間のミドルコストキャリアなどに分けて呼ばれる。国を代表する会社はフラッグキャリアと呼ぶ。LCCのCもこのキャリアである。
この路線はLCCが就航してから、レガシーキャリアの運賃も下がった。
キャリア官僚(総合職)
career (bureaucrat)
国家公務員の総合職試験(旧Ⅰ種・上級甲)に合格して採用され、本省で政策の企画立案を担う職員の通称。一般職などのノンキャリアと対比され、昇進の速さと配属先に違いがある。語源は経歴の意味の career で、公式の職名ではなく通称である。
あの課長はキャリアで、三十代で課長補佐を務めたそうだ。
保菌者・保因者
carrier
感染症では、病原体を体内に持ちながら発症せず、感染源になりうる人(保菌者、感染症法では無症状病原体保有者)をいう。遺伝学では、一対の遺伝子の片方に変異があるが発症しない人(保因者)をいい、どちらもキャリアと呼ばれる。
B型肝炎ウイルスのキャリアと判明したため、定期的に検査を受けている。
キャリア(電荷担体)
carrier (charge carrier)
半導体の中で電気を運ぶ粒子で、伝導電子と正孔(電子が抜けた穴)の総称。n型では電子、p型では正孔が多数キャリアとなる。単位体積あたりの数をキャリア濃度といい、不純物の添加量で制御する。
ドーピング量を増やしてキャリア濃度を上げ、抵抗を下げた。
キャリアガス
carrier gas
ガスクロマトグラフィーで、気化した試料をカラムの中へ運ぶ移動相のガス。試料と反応しにくいヘリウム・窒素・アルゴンなどを流し続け、その流れに試料を導入して成分を分離する。ガスの種類や流量は分離や感度に影響するため、分析条件の一つとして扱われる。
キャリアガスをヘリウムから窒素に変えたら、ピークの分離が悪くなった。
実運送人
carrier (actual carrier)
国際輸送で、自ら船舶や航空機を持ち、実際に貨物を運ぶ事業者。船会社や航空会社が代表で、キャリアーとも書く。輸送手段を持たず、キャリアの輸送機関を利用して運送を取り次ぐフォワーダー(利用運送人)と区別される。
スペースを押さえるため、フォワーダー経由でキャリアにブッキングを入れた。
キャリアタンパク質(担体)
carrier (carrier protein)
細胞膜を横切る物質輸送で、運ぶ物質に結合し、自分の立体構造を変えることで膜の反対側へ渡すタンパク質。膜に通り道(孔)をつくって物質を通すチャネルと対比される。Na+とグルコースを一緒に運ぶ輸送体などが例で、日本語では担体とも呼ぶ。
この輸送体はチャネルではなく、基質と結合して構造変化を起こすキャリアである。
薬物キャリア
drug carrier
ドラッグデリバリーシステム(DDS、薬物を必要な場所へ必要な量だけ届ける技術)で、薬を包んだり結合させたりして標的の組織や細胞まで運ぶ微粒子や分子。脂質でできたリポソーム、高分子ポリマー、抗体に薬をつないだ複合体などがあり、副作用の軽減や投与回数の削減を狙う。
このがん治療薬は、脂質ナノ粒子を薬物キャリアに使って腫瘍へ集めている。
触媒担体
catalyst carrier / support
触媒の活性成分を表面に分散させて支える物質で、アルミナ・シリカ・ケイ藻土などが使われる。担体自体は触媒作用を持たないことが多いが、活性成分を細かく広げて有効表面積を増やし、活性や耐久性を高める。担持触媒の設計では担体の細孔や強度も選定の条件になる。
白金をアルミナのキャリアに担持させて、排ガス用の触媒を作った。
キャリア採用
experienced hire (mid-career recruitment)
キャリア採用とは、経験や知識を持つ即戦力になり得る人材を採用する活動のこと。
職務経験や専門知識を持つ即戦力を採る採用の呼び名。職種経歴や実務経験を要件に募集する点で、未経験者や第二新卒も含む広い意味の中途採用と区別して使う会社が多い。欠員補充が中心の中途採用に対し、新規事業や専門領域の強化のために行うこともある。
営業マネージャーの経験者を対象に、キャリア採用の募集を始めた。
キャリアの「運ぶ」と「経歴」は同じ荷車から
求人票の「キャリア採用」と、携帯電話の「キャリア契約」。どちらも同じ四文字のカタカナで、前者は経歴のある人を採る話、後者は回線を提供する事業者との契約の話である。文字だけを見ると、同じ語が並んでいるようにしか見えない。
英語に戻すと、綴りは二つに分かれる。電波、航空会社、保菌者、半導体の電荷、キャリアガス、実運送人は carrier で、キャリア官僚とキャリア採用は career である。綴りも発音も違う二語なのに、さかのぼると同じ乗り物に行き着く。
荷車という共通の祖先
語源辞典 Online Etymology Dictionary によれば、carrier のもとになった動詞 carry は、アングロ・フランス語や古北フランス語の carier(乗り物で運ぶ)から来ており、さらに後期ラテン語の carricare を経て、ラテン語の carrum(もとはケルト人の二輪の戦車)に至る。一方 career は、同じ辞典で、フランス語 carriere(道、競走路)が俗ラテン語の (via) cararia、つまり「車輪のついた乗り物の通る道」に由来し、これも carrus(戦車)につながると説明されている。
carrier は車で運ぶ者、career は車の走る道である。同じ荷車から、運ぶ行為と走る道とが枝分かれした。
二つの語が別々に育つまで
career の語義の変遷には年代がついている。1530年代は「全速力で走ること、走路」、1590年代は「行動や動きの一般的な経過」で、「職業や公的な生活の経過」という今の意味が出てくるのは1803年とされる。走る道の比喩が、人生の道のりに移った。キャリア官僚の「キャリア」はこの経歴の意味の career が語源で、公式の職名ではなく通称である。
carrier のほうは、「運ぶもの」の意味が14世紀末の英語にすでにあった。この意味がそのまま各業界に入り、電波は情報を、航空会社は人や貨物を、ガスクロマトグラフィーのキャリアガスは試料を、半導体の電荷は電気を運ぶ。実運送人は荷主とフォワーダーの間にいて、自分の船や飛行機で貨物を運ぶ側である。医学の保菌者は、運ぶ対象が病原体になる。同じ辞典では、disease carrier の意味は1899年、遺伝学の意味は1933年に出てきたと書かれている。発症しないまま次へ渡しうる人を「運び手」と呼ぶ言い方は、ほかの業界の「運ぶ」より新しい。
日本語では、この二語が同じ四文字に収まる。キャリアアグリゲーション(複数の搬送波を束ねる技術)は carrier で、キャリアパス(職歴の道筋)は career である。語源から読めば、車の通る道を束ねるか、たどるかの違いだと見ることもできるが、これは筆者の連想で、辞書にある説明ではない。
冒頭の二つの求人と契約に戻ると、片方は人が歩んだ道を採る話で、もう片方は電波という運び手を借りる話だった。新卒向けの就職情報で、キャリアが経歴の意味だと分かるのは、いまのところ周りの文脈のおかげである。