用語

コード

コード

4つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。

音楽(演奏・楽器)

和音・コード

chord

2つ以上の音を同時に鳴らした響きで、ポピュラー音楽やジャズでは C、Dm、G7 のような記号(コードネーム)で伴奏の指示に使う。譜面にメロディとコードだけを書いたリードシートが基本の資料で、奏者はそこから自分で音を組み立てる。

サビのコードをCからAmに変えたら、曲の印象がだいぶ切なくなった。

IT・システム開発

コード(プログラムの記述)

code

IT用語においてコードとは、プログラムソースの命令や文字コードのことを指す。

出典:NTT東日本 ビジネスドライブ「コード」

開発の現場では、プログラマーが書いたプログラムの記述そのものを指す。人が書いた元の文章はソースコードと呼び、「コードを書く」「コードレビュー」のように略して使う。文字コードのように、文字を数値に対応づける規則を指すこともある。

レビューで指摘されたので、重複しているコードを関数にまとめた。

医療・医学

コードブルー(院内急変対応)

Code Blue

院内で心肺停止や意識消失などの急変が起きたとき、医師・看護師を一斉に呼び集める院内の合図。病院によっては全館放送で伝え、対応できる医師が現場へ駆けつける。来院者を慌てさせずに緊急事態をすばやく伝えるため、色の名前などの符号を使うという説明がある。

3階の廊下でコードブルーが入り、救急外来の当直医が走っていった。

証券・投資

コーポレートガバナンス・コード(行動規範)

code (corporate governance code / stewardship code)

上場企業や機関投資家が守る行動原則をまとめた文書で、法令ではなく、守れない原則は理由を説明すればよい「コンプライ・オア・エクスプレイン」方式をとる。上場企業向けがコーポレートガバナンス・コード、機関投資家向けがスチュワードシップ・コードで、単に「コード」と略して呼ぶこともある。

今期の改訂でコードに対応した取締役会の開示を見直した。

弦のコード、板のコード、法ではない法典

「コードを見せて」と言われて、ギタリストは譜面を出し、プログラマーは画面を開く。どちらも間違っていない。

英語なら、こうは混ざらない。譜面のコードは chord、画面のコードは code、院内放送のコードブルーは Code Blue で、電源コードは cord。日本語では一語になっているものが、英語では綴りで分かれている。綴りの違いは、見た目だけの話だろうか。

そうではなかった。Wiktionary の語源欄によると、chord は cord の綴りを変えた語で、h はラテン語の chorda に引かれて加わった。chorda のもとはギリシア語の khordē で、ガット(動物の腸でつくった弦)や竪琴の弦を指した。電源コードの cord も、古フランス語 corde を経て同じ chorda に行き着く。ギタリストの和音と、アンプにつなぐ電源コードは、同じ弦から出ている。

code のほうは出どころがまるで違う。同じ Wiktionary によれば、ラテン語の cōdex(caudex の後の形)で、もとは木の幹、あるいは蝋を塗って文字を書いた木の板を指した。それが古フランス語で「法の体系」を意味する code になり、中英語に入っている。プログラムを指す用法がこの道筋のどこで生まれたのかは、確かめられていない。

ここで、四つ目の意味が効いてくる。金融の「コード」だ。上場企業向けのコーポレートガバナンス・コードと、機関投資家向けのスチュワードシップ・コード。野村総合研究所の用語解説によれば、日本のコーポレートガバナンス・コードは2015年に策定され、2018年に改訂された。ふつうに考えれば、法の体系という古い意味に最も近いのは、この「コード」のはずだ。

ところが、これは法令ではない。同じ解説は、すべての原則に遵守義務はなく、守らないならなぜ守らないかを説明すればよいという「コンプライ・オア・エクスプレイン」の仕組みを、ソフトローとして説明している。法典の名を持ちながら、従わなくても理由を述べれば足りる。語源の「法」にいちばん近い場所で、いちばん拘束が緩い。

コードブルーは、符号という働きの側にいる。心肺停止などの急変を知らせて医師と看護師を呼び集める合図で、来院者を慌てさせないよう、色の名前などの符号を使うという説明がある。この合図がいつ、どの病院で始まったのかは、読んだ資料からはわからなかった。

並べ直すと、弦の末裔が一つ、板か法の末裔が三つになる。譜面のコードだけが、ほかの三つと血筋が違う。

「コードを見せて」に戻れば、譜面を出すギタリストは弦の側にいて、画面を開くプログラマーは板の側にいる。同じカタカナで話しているのに、遡れば別の綴りで、別の物から来ている。