ドレッシング
ドレッシング
3つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。
砥石の目直し
dressing
研削加工で、使ううちに目詰まりや目つぶれを起こした砥石の表面をダイヤモンドドレッサなどで削り、新しい砥粒(研削の刃になる粒)を出して切れ味を戻す作業。形が崩れた砥石を整えるツルーイング(形直し)とは区別され、加工精度と仕上げ面粗さを保つために定期的に行う。
仕上げ面が荒れてきたので、次のロットの前に砥石をドレッシングしてください。
創傷被覆材(ドレッシング材)
dressing
皮膚潰瘍や褥瘡(床ずれ)などの創傷の表面に貼付することで、その閉鎖された空間を乾燥させず生体由来の体液などで湿らせた環境(湿潤環境)に保持することにより、速やかに治癒に導くための医療用材料。
創傷の手当てで、創面に当てて覆う材料、またはそれを当てたり交換したりする処置。ガーゼで乾かす従来の手当てに対し、現在は滲出液を適度に残して治癒を促す湿潤療法での使用が中心。ハイドロコロイド、ハイドロジェル、ポリウレタンフォーム、アルギン酸塩、フィルムなど素材ごとに吸収力や透過性が違い、創の深さや滲出液の量に応じて使い分ける。
滲出液が多いので、吸収力のあるドレッシング材に変えて様子を見ましょう。
セットドレッシング(セットの装飾)
set dressing
映画・ドラマの美術部門で、セットやロケ地に家具、カーテン、敷物、壁の絵、小物などを配置し、物語の世界を本物らしく見せる作業。また、そうして置かれた装飾品そのもの。俳優が手に取って使う小道具(プロップ)とは区別され、家具は使われてもドレッシングに数え、それ以外は俳優が触れないものがドレッシングにあたる。配置する担当者はセットドレッサーと呼ばれる。
撮影前日に美術部がリビングのセットドレッシングを終えたので、照明部は壁の絵の位置を見てから灯りを組んでください。
削る手当てと覆う手当て、同じ語が正反対をした
研削盤の前で「砥石をドレッシングして」と言われたら、手に取るのはダイヤモンドのドレッサである。病棟で「ドレッシングを替えましょう」と言われたら、手に取るのは創傷被覆材、つまり傷に貼る材料だ。前者は砥石の表面を削り、後者は傷の表面を覆う。同じ語で、操作が正反対になっている。
どちらかが借り物なのだろう、と最初は思った。本家と転用の順序があるに違いない、と。
語源を引くと、そうではなかった。dress は古フランス語の dresser から入った語で、この語には「整える」「準備する」「まっすぐにする」「(食卓を)用意する」といった意味が並んでいた。元をたどるとラテン語の directus、「まっすぐな」に行き着く。傷を dress する、サラダを dress する、石を dress する。英語の語源解説では、これらは「整える」という古い意味が残った用法として並べられている。本家と借り物ではなく、同じ「整える」の枝分かれである。
枝分かれのしかたは、対象の困りごとで決まったように見える。
砥石の困りごとは、表面が詰まることだ。研削を続けると、削りくずが砥粒(刃になる粒)のすき間に詰まり、粒の先もつぶれて切れなくなる。そこで表面を削り落とし、新しい粒を出す。整えるとは、古い面を捨てることだった。
傷の困りごとは、面がむき出しであることだ。乾かして固めるより、滲出液を適度に残して湿った環境を保つほうが治りを促すとされ、現在の手当ては湿潤療法が中心になっている。ここでの整えるは、面を捨てずに守ることになる。素材も、ハイドロコロイドやポリウレタンフォームなど、滲出液の量に合わせて選ぶ。
削って新しい面を出すのと、覆って今の面を守るのと。やることは逆でも、使える状態に戻すという目的は同じだ。
この二つのほかに、撮影所にもこの語がある。映画やドラマの美術部が、セットやロケ地に家具、カーテン、敷物、壁の絵、小物を置いていく作業を、セットドレッシング(set dressing)という。壁と床だけのセットは、そこで誰かが暮らしているようには見えない。物の置かれた部屋にして、物語の世界を本物らしく見せる。ここでの整えるは、削るでも覆うでもなく、置くことだ。置く担当者はセットドレッサーと呼ばれる。
この「置く」にも、線引きがある。俳優が手に取って使う小道具はプロップといい、ドレッシングとは区別される。ただし家具は、俳優が座っても机に手をついても、ドレッシングに数える。ドレッシングにあたるのは、家具のほか、俳優が触れないものだ。
砥石の側には、もう一つ別の言葉がある。形が崩れた砥石を元の形に直す作業は、ツルーイング(形直し)といって、ドレッシングとは区別される。形を直すのと切れ味を戻すのとは、現場では別の作業だ。「整える」は広すぎたので、製造の側は同じ語の中をさらに二つに割ったことになる。撮影所の側も、プロップとの間に線を引いた。
病棟側は割っていない。貼る材料も、貼って替える処置も、同じ「ドレッシング」と呼ぶ。
だから、この語が何を指すかは、口にした場所で決まる。工場で言えば削る話になり、病棟で言えば覆う話になり、撮影所で言えば置く話になる。語源が同じでも、聞いた人が手に何を持つかは変わる。ダイヤモンドドレッサか、被覆材か、壁にかける絵か。