ゲイン
ゲイン
3つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。
入力感度・入力レベル
gain
ミキサーやマイクプリアンプで、入ってくる音を増幅する量を決めるつまみ。出力側の大きさを決めるボリューム(フェーダー)とは別物で、先にゲインで歪まない範囲の入力レベルをそろえ、後段で全体の音量を整える。上げすぎるとクリップ(波形の頭が潰れる歪み)が起きる。
マイクのゲインを上げすぎて、ピークランプが赤く点いている。
アンテナ利得
antenna gain
アンテナ利得(Antenna Gain, G)とは、アンテナが特定の方向に電波エネルギーを集中して放射または受信する能力を示す指標です。
アンテナが電波を特定の方向にどれだけ集中させられるかを示す数値で、単位は dBi(理想的な等方性アンテナとの比)や dBd(ダイポールアンテナとの比)。電力を増やすのではなく向きを絞る効果なので、ゲインが高いほど指向性は強くなる。無線LANルーターは数 dBi、パラボラアンテナは30 dBi以上が目安。
このアンテナはゲインが高いぶん、向きを少しずらすと受信できなくなる。
利得・増幅度
gain
オペアンプなど増幅回路の、入力に対する出力の比。電圧なら出力÷入力で求め、デシベルでは 20log10 の値で表す。デシベル表示だと多段の増幅回路の全体ゲインが各段の合計になり、設計や解析が楽になる。オペアンプは開ループゲインが非常に大きいため、通常は帰還(出力を入力に戻す接続)をかけて必要な値に決める。
帰還抵抗の比でこの反転増幅回路のゲインを10倍に設定した。
三つのゲインが同じデシベルで語られる理由
ミキサーのゲインつまみ、アンテナの利得、オペアンプの増幅度。働きはかなり違うのに、三つとも「dB(デシベル)」で書かれることが多い。共通の物差しがあるから同じ語でまとめられたのだろう、と思う。ただ、その物差しはもともと増幅のためのものではなかった。
増幅より先に、損失を測る単位があった
デシベルは、20世紀初めのアメリカの電話事業(ベル・システム)で、電話線を通るあいだの電力の損失を測るために使われはじめた。Wikipedia英語版「Decibel」によると、1920年代にベル研究所で常用対数にもとづく尺度が使われるようになり、最初は「transmission unit(伝送単位)」と呼ばれていた。1928年にこれが「decibel」に改称された。同記事の説明では、decibel は、アレクサンダー・グラハム・ベルにちなむ単位「bel」の10分の1にあたる。
つまり、先にあったのは「どれだけ減ったか」を測る目盛りである。増える側の「ゲイン」を同じ単位で測れるようになったのは、損失と増幅を同じ対数の目盛りの正負として扱えたからだ。
同じ dB でも、数えているものが違う
「6 dB」を倍率に戻してみる。電子回路では電圧の比を 20log10 で表すので、電圧の比なら約2倍になる。電力は電圧の2乗に比例し、電力の比には係数 10 を使うから、電力の比なら約4倍だ。どちらの比を指しているのかが分からないと、数字は読めない。
アンテナ利得の dBi は、理想的な等方性アンテナとの比である。この比が表すのは電力を増やした量ではなく、電波を集める方向の偏りだ。アンテナ自体は電力を足していない。利得が高いほど少し向きがずれただけで受信できなくなるという、増幅の感覚とは逆の話が、ここから出てくる。
音響のゲインは、入力側の感度を決めるつまみである。目盛りに dB が振られていても、出力側のフェーダー(ボリューム)とは役割が違い、上げすぎれば歪む。目盛りが足し算できるので、プリアンプと後段の増幅回路を合計して考えられる。それでも、つまみを回している人が見ているのは、合計の数字よりも「歪む手前」という限界のほうだ。
同じ綴りの gain が三つの現場に入り、同じ dB でそろえて書かれた。それでも、冒頭の三つが見ているものは別である。つまみを回す人は歪む手前を、アンテナの設計者は電波の向きを、回路の設計者は入力と出力の比を見ている。