マスター
マスター
7つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。
マスタ(マスターデータ)
master data
企業の業務において長期間にわたり安定的に使用される基本的なデータを指します。
システムに事前に登録しておく基礎データ。顧客・商品・取引先・社員などが代表で、受注や請求といった日々の取引データ(トランザクション)から参照される。変更が少なく全社で共通に使うため、各システムで内容がずれないよう一元管理する。IT分野では長音を省いて「マスタ」と書くことも多い。
商品マスタに単価を登録しておけば、受注入力のときに自動で金額が入る。
マスター(完パケマスター・2ミックス)
master
録音の最終成果物となる音源。ミックスダウンで2トラックにまとめたものを「2ミックス」やマスターと呼び、マスタリングはその音質や音圧を整えて、CDなどの製造用マスターに仕上げる工程。スタジオで仕上げた最終のものは完パケマスターとも呼ぶ。
ミックスが終わったので、2ミックスのマスターをマスタリングエンジニアに渡した。
原盤(マスター音源)
master recording
レコード・CD・配信用の元になる録音物のこと。録音された音には原盤権(レコード製作者の著作隣接権)が生じ、実際に録音した人ではなく、制作費を負担して原盤を作った者が持つのが通例。楽曲そのものの著作権とは別の権利なので、音源を使うときは両方の処理が要る。
新人のデビュー曲は、プロダクションが原盤を制作してレコード会社にライセンスする契約になった。
バー・喫茶店などの店主
経営者。主人。特に、バー・喫茶店などの主人、または支配人。
バーや喫茶店、小さな飲食店で、店を経営しながらカウンターに立つ人。客が店主に呼びかけるときの言葉としてよく使われる。女性が営むバーでは「ママ」と呼ぶことが多い。
常連客がカウンター越しに「マスター、いつもの」と声をかけた。
マスタ(孔版印刷の版)
stencil master
孔版印刷(版に開けた穴からインクを通して刷る方式)で使う原紙状の版。薄い樹脂フィルムと和紙繊維などの多孔性支持体を貼り合わせた構造で、感熱方式ではサーマルヘッドで穴をあけて製版し、版胴に巻き付けて刷る。特許文献などでは「マスタ」と書く。
孔版印刷機にマスタをセットすると、原稿に合わせて自動で製版される。
マスター室(主調整室)
master control room
放送局で、収録番組・生番組・系列局からの番組・CMを、入力された放送データのとおりに切り替えて送出し、監視する部屋。英語の master control room から「マスター」と呼ばれる。番組をつくる副調整室(サブ)に対し、マスターは完成した番組やCMを送信所へ送り出す側を受け持つ。
CMの差し替えが間に合わないので、マスターに連絡して送出順を確認してもらった。
マスター(主系サーバー)
master (primary server)
データベースなどをマスター/スレーブ構成で複製して運用するとき、データの更新(書き込み)を受け付け、その内容をスレーブへ転送する側のサーバー。スレーブは受け取った変更を自分に反映し、参照(読み取り)だけを受け持つ。負荷分散や冗長化のために使われる。
書き込みはマスターに、集計の読み取りはスレーブに振り分けて負荷を下げた。
マスターと呼ばれて、振り向くのが人とは限らない
カウンター越しに「マスター、いつもの」と声をかければ、顔を上げるのは店主である。ところが放送局で「マスターに連絡して送出順を確認してもらった」と言うとき、連絡を受けるのは部屋のほうだ。主調整室を、現場は短くマスターと呼ぶ。
同じ呼びかけに、人も部屋も答える。この辞典に載せた意味は七つあり、人を指すのは飲食の一つだけである。残る六つは、データ、音源、原盤、版、部屋、サーバーと、どれも人ではない。この六つは、バラバラの物なのか。
並べてみると、どれも「そこから先へ写しが出ていく起点」だった。放送のマスターは、完成した番組やCMを送信所へ送り出す。音響のマスターは、ミックスダウンで2トラックにまとめた音源で、そこからCDなどの製造用マスターが作られる。原盤は、レコード・CD・配信の元になる録音物。孔版印刷の「マスタ」は、薄い樹脂フィルムに穴をあけた版で、版胴に巻き付けてインクを通し、何枚も刷る。インフラのマスターは、更新を受け付けて、その内容をスレーブへ転送する。ITのマスタは、顧客や商品を登録した基礎データで、受注や請求の取引データから参照される。
ただ、同じ起点でも性質は逆を向いている。ITのマスタは変更が少なく、全社で共通に使うから、動かさないことに価値がある。インフラのマスターは書き込みを受け付ける側なので、更新はむしろここに集まる。同じ「元」でも、変わらないことが役目のものと、変わりつづけるものを受け止めるものがある。
原盤だけは、起点の持ち主が違う。原盤権は、実際に録音した人ではなく、制作費を負担して原盤を作った者が持つのが通例だという。元を作る手と、元を持つ者がずれる。しかも楽曲の著作権とは別の権利なので、音源を使うときは両方の処理が要る。
この六つはすべて、写しを出すためにある。では、喫茶店のマスターは何の起点なのか。辞書の語釈は「経営者。主人。特に、バー・喫茶店などの主人、または支配人」と書く(デジタル大辞泉、小学館)。この語釈に、写しを出す側という性格は見当たらない。人の意味と物の意味がどうつながったのかは、確かめられていない。
「マスター、いつもの」で通じるのは、頼まれた側が前回までを覚えているからだ。六つのマスターが写しを出すのに対して、この一言に応えるのは、カウンターの内側に立っている一人である。