用語

モチーフ

モチーフ

3つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。

音楽(演奏・楽器)

動機

motif

楽曲を組み立てる最小の単位となる、数音の旋律やリズムの断片。ベートーヴェンの交響曲第5番の冒頭の4音のように、これを反復・変形・移調して主題や展開部を作っていく。楽譜を分析するときは、まずモチーフを見つけて、曲中のどこに形を変えて現れるかを追う。

展開部では冒頭のモチーフが短調に移され、低音から高音へと受け渡されていく。

美術・工芸・手芸

モチーフ(制作の動機・描く対象/編みモチーフ)

motif

基本的には芸術創作、あるいは表現の動因を指すが、多義的に用いられる。

出典:現代美術用語辞典 1.0「モティーフ」(大日本印刷)/artscape

美術では、作家が作品をつくる出発点になった題材や着想を広く指し、絵画では静物・風景・人物のモデルなど、実際に描く対象を言うことが多い。手芸、とくにかぎ針編みでは、円や花、四角などの小さな1枚の編み地を指し、これを何枚も編んでつなぎ合わせてマフラーやひざ掛けなどを作る。同じ語でも、前者は作品の出発点、後者は組み立ての部品を指す。

今回はりんごと水差しをモチーフに、光の当たり方を変えて3点描いた。

生命科学・バイオ

モチーフ(配列モチーフ・構造モチーフ)

motif

タンパク質のアミノ酸配列やDNA・RNAの塩基配列の中に、種類の違う分子をまたいで繰り返し現れる短いパターンのこと。そのパターンが特定の機能(DNAとの結合、リン酸化を受ける部位など)と結びつくため、未知の配列に機能を推定する手がかりになる。配列だけでなく、ヘリックス・ターン・ヘリックスのような局所的な立体構造の組み合わせ(構造モチーフ)についても使う。

この未知タンパク質にはジンクフィンガーのモチーフが見つかったので、転写因子としてDNAに結合する可能性が高い。

音楽では「動機」と訳し、美術はカタカナのまま残した

楽譜の分析で使うモチーフは、日本語では「動機」と訳される。人が何かを始める理由を言うときの「動機」と同じ字である。

同じ字が並んでいるのは、翻訳者の気まぐれだろうか。そう思って調べると、そうではなかった。音楽用語の「動機」の原語はドイツ語の Motiv で、その語は中世ラテン語の motivum にさかのぼる。世界大百科事典(旧版)によれば、意味は「動きを与えるもの」。この語はまず物体の運動に使われ、次に人間の行動の動機づけに、さらに芸術用語へと比喩的に広がったという。

つまり「動かすもの」という一つの語が、行動の理由と、曲を動かす数音の断片の両方を指すようになった。ベートーヴェンの交響曲第5番の冒頭の4音は、その後の楽章全体を動かす最小の部品である。部品が曲を動かす、という日本語の字面の通りになっている。

では、美術のモチーフはどうか。

こちらは「動機」と訳されず、カタカナのまま定着した。現代美術用語辞典(大日本印刷/artscape)は、この語が「基本的には芸術創作、あるいは表現の動因を指すが、多義的に用いられる」と書いている。動因、つまり制作を動かすものだから、語の芯は音楽と同じところにある。ところが教室や画材店で耳にするモチーフは、りんごと水差しのような、目の前に置かれた描く対象のことが多い。創作を動かした着想が、机の上の具体物にすり替わって通じている。

この変化には、少なくとも説明がつく。着想は目に見えないが、静物は見える。「何をモチーフにしますか」と聞かれて、人は理由ではなく対象を答える。ただ、それがいつ、どの現場から広まったのかは、確認できていない。

さらにもう一つ、かぎ針編みのモチーフがある。円や花や四角の小さな編み地を何枚も編み、つなぎ合わせてひざ掛けにする。ここでのモチーフは、着想でも対象でもなく、組み立ての部品である。

この三つ目を並べると、妙な符合に気づく。音楽の動機も、数音の断片を反復し、変形し、移調して、曲を組み立てる部品だった。小さな単位を繰り返してつなぐという作りは、毛糸の世界と楽譜の世界で同じ形をしている。語の出自がつながっているのか、たまたま似たのかは、手元の資料では言えない。少なくとも、編み物のモチーフが音楽から来た、という証拠は見つけていない。

四つ目は、実験室にある。生命科学では、タンパク質のアミノ酸配列やDNAの塩基配列の中に、種類の違う分子をまたいで繰り返し現れる短いパターンをモチーフと呼ぶ。化学辞典(森北出版)にも載る使い方である。未知のタンパク質の配列からジンクフィンガーというモチーフが見つかれば、DNAに結合する転写因子だろうと見当がつく。短いパターンが特定の機能と結びついているので、見つけること自体が手がかりになる。

この手順は、楽譜の分析とよく似ている。まず短い断片を見つけ、それが別の場所にどんな形で現れるかを追う。ただし生命科学のモチーフは、人が組み立てた部品ではない。すでにできあがった配列の中から読み取るものだ。

確かなのは、同じ綴りの語が、理由、対象、部品、手がかりと、四つの役を引き受けていることだ。

毛糸を一玉買って、最初の一枚を編み上げたとき、それはひざ掛けの動機だったのか、ひざ掛けの部品だったのか。編み手に聞けば、たぶん「両方」と答えるだろう。