MS
エムエス
6つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。
質量分析(法)
mass spectrometry
試料の分子をイオン化し、質量電荷比(m/z)ごとに分けて量を測る分析法、またはその装置。成分の同定や定量に使い、液体クロマトグラフと組み合わせた LC-MS が医薬品・食品・環境分析で広く使われる。日本では「マス」とも読むが、日本質量分析学会は国際的に通じる「エムエス」を推奨している。
この不純物は LC-MS で分子量を確認してから構造を推定します。
多発性硬化症
multiple sclerosis
脳・脊髄・視神経などの中枢神経で、神経線維を包む髄鞘が炎症で壊れる慢性の自己免疫疾患。病変が時間的・空間的に多発するのが特徴で、しびれや視力低下などが再発と寛解を繰り返す。日本では指定難病で、診療現場や患者向け資料では「MS」と略される。
視神経炎を繰り返しているので、MS の可能性を考えて頭部 MRI を追加しました。
MS方式(ミッドサイド)
Mid-Side
ステレオ収録の方式の一つ。正面向きの単一指向性マイク(Mid)と、真横向きの双指向性マイク(Side)の2本で録り、和と差の計算(L=Mid+Side、R=Mid−Side)で左右の信号にする。収録後に Side の量を変えて、ステレオの広がりを調整できる。ミックスやマスタリングで使うプラグインの処理にも同じ名前が使われる。
ストリングスは MS 方式で録っておいたので、ミックスで広がりを調整しよう。
理学修士・修士(理学)
Master of Science
大学院の修士課程を修了した人に授与される、理学系の修士の学位。日本では1991年以前は「理学修士」と呼び、現在は「修士(理学)」と表記する。英語圏の大学院では MS や MSc と略され、履歴書や学位記の英文表記に使われる。
英文の学位記には Master of Science と書かれているので、履歴書には MS と略して書きます。
機船(内燃機船)
motor ship
船名の前に付けて、ディーゼルなどの内燃機関で推進する船であることを示す接頭辞。M/S とも書く。同じ意味で MV・M/V(motor vessel)も使われ、タンカーの MT(motor tanker)などと並ぶ船名表記の慣行の一つ。
船名は M/S で始まっているので、ディーゼル機関の貨物船です。
モビルスーツ(ガンプラの機体)
Mobile Suit
アニメ『機動戦士ガンダム』に始まるガンダムシリーズに登場する、人型の有人操縦兵器の分類。ガンプラ(ガンダムのプラモデル)では、製品の題材になる機体そのものを指し、モビルアーマー(MA)などと区別する。先行試作機や派生機を取り上げる企画は MSV(モビルスーツバリエーション)と呼ばれる。
今月の新作は、劇中では一瞬しか出てこない MS をキット化したものだ。
病気とその分析法が、同じMSを奪い合う論文
多発性硬化症の脳脊髄液を、質量分析で調べる。2021年に International Journal of Molecular Sciences に載った総説 “Proteomics of Multiple Sclerosis” が扱うのは、この組み合わせである。病気も手法も、略せば MS になる。
この総説で MS は病気にだけ使われている。確認できた本文の範囲では、質量分析は略さずに書かれ、液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析は LC-TMS という形になっていた。病気を MS と略した以上、同じ文に二つの MS を並べるわけにはいかない。譲ったのは質量分析の側だった。
話し言葉では、そう簡単に譲れない。日本質量分析学会は、質量分析を「マス」と読む習慣よりも、国際的に通じる「エムエス」を推奨している。エムエスと読めば、病棟で「エムエスの患者さん」と言うときの音と同じになる。学会が病名との衝突を理由にしたのかは、確認できていない。ただ、書面なら LC-TMS と書き分けられても、廊下の立ち話で聞こえるのは二文字だけだ。
論文の外へ出ると、残りの四つは居場所で見分けがつく。
- 船は、船名の前にいる。M/S のあとに船名が続く
- ガンプラの箱では、ハイフンの前にいる。ザクIIは MS-06
- 学位は、履歴書の学歴欄にいる。Master of Science を MS と略す
- 音響は、ミキサーのスイッチにいる。M/S を入れて Side の量を回す
ガンダムの MS-06 は、放送の時点ではまだなかった。資料によれば、型番が整えられたのは1979年の放送のあとで、「MS-06 ザクII」の表記が刊行物に現れたのは1981年だという。モビルスーツの略として、MS が型番の頭に居座ったのは、あとからの話になる。
船名の頭でも、型番のハイフンの前でも、ミキサーのスイッチの横でも、隣にある言葉が MS の中身を教えてくれる。多発性硬化症の質量分析の総説は、隣がすべて同じ分野の文で埋まっているために、どちらかが略を手放すことになった。病気の MS が MS のまま残り、手法が LC-TMS と書かれているのは、その結果である。