用語

ノッチ

ノッチ

4つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。

鉄道

マスコン・ブレーキの制御段

notch

電車の運転台で、加減速を操作する主幹制御器(マスコン)やブレーキのハンドルに設けられた段のこと。加速側を「力行◯ノッチ」、減速側を「ブレーキ◯ノッチ」と呼び、数字が大きいほど強く効く。段数は車両形式で異なり、運転事故の調査報告でも、207系電車の常用最大ブレーキは「常用ブレーキ8ノッチ(B8)」のように段で書かれる。

運転士は力行ノッチを入れて加速し、駅が近づくとブレーキ3ノッチに切り替えた。

音響・レコーディング

ノッチフィルター

notch filter

音の周波数特性にごく狭い切れ込み(notch)を作り、特定の周波数だけを削るフィルターのこと。周囲の帯域はそのまま残るので、60Hzのハムノイズのように一点に集中した不要音を消す場面で使う。録音編集ソフトでは、ノッチごとの中心周波数と減衰量、切れ込みの幅を指定する。

ボーカルトラックの60Hzのハムをノッチフィルターで落とした。

半導体・電子部品

ウェーハのノッチ

orientation notch

ウエハ面内の結晶方位を明示するためのオリエンテーションフラット(OF)あるいはノッチ(orientation notch)を形成します。

出典:三菱電機 SiCパワーデバイス講座

シリコンやSiCのウェーハの外周に入れる小さな切り欠きで、ウェーハ面内の結晶方位を示す目印になる。同じ役目を外周の一部を直線に削ったオリフラ(オリエンテーションフラット)が担う場合もあり、口径の大きなウェーハではノッチが採用される傾向にある。

このSiCウェーハは、オリフラではなくノッチで結晶方位を示している。

日用品・消費財

合印(型紙の切り込み)

notch

アパレルの型紙や裁断した布の縁に入れる小さな切り込みや印のこと。縫い合わせる2枚の位置をそろえ、縫いずれを防ぐための合印として使う。通常はひと山のシングルノッチ、後ろ側や方向を区別したいときはふた山のダブルノッチ、と使い分ける。襟の形を指す「ノッチドカラー」とは別の意味。

前身頃と脇の型紙に、縫い合わせ位置を示すノッチを入れた。

縁の切り込みと、数える段と、削る谷

「ブレーキ8ノッチ」は、数字が大きいほど強く効く。「ノッチフィルター」は、かけた分だけ音が消える。同じ語なのに、片方は強さを数え、片方は何かを削っている。

元の英語は notch、刻み目や切り込みのことだ。語源辞典のWiktionaryによれば、記録は1577年からで、an otch が a notch と区切り直されてできた語らしい。otch のもとは中期フランス語の oche、さらに古フランス語の動詞 ochier(刻む)にさかのぼるが、その動詞の出どころははっきりしていない。

切り込みそのままの意味で使っているのは、半導体とアパレルだった。

半導体のウェーハでは、シリコンやSiCの円盤の外周に小さな切り欠きが一か所入る。三菱電機のSiC講座資料は、ウエハ面内の結晶方位を示すために「オリエンテーションフラット(OF)あるいはノッチ(orientation notch)を形成します」と書く。外周の一部を直線に削るのがオリフラで、口径の大きなウェーハではノッチが採られる傾向にある。

縫製では、型紙や裁断した布の縁に入れる小さな切り込みを、ノッチと呼ぶ。縫い合わせる2枚の位置をそろえる合印で、縫いずれを防ぐ。JICAの縫製技術の資料では、ひと山のシングルノッチと、ふた山のダブルノッチを使い分ける。後ろ側や方向を区別したいときにダブルを選ぶ。

円盤と布。素材も大きさも違うのに、縁に刻んだ一か所の切り込みが「ここを基準にそろえよ」という目印になる点は同じだ。結晶の向きを示すか、縫う位置を示すかの違いしかない。

では、切り込みが目印でなくなったらどうなるのか。

鉄道では、切り込みが数える単位になった。運転台のマスコンやブレーキのハンドルには段があり、加速側は「力行◯ノッチ」、減速側は「ブレーキ◯ノッチ」と数える。運輸安全委員会の用語集は、207系電車の常用最大ブレーキを「常用ブレーキ8ノッチ(B8)」と書く。連続して変えられるはずの力を、八つに区切って呼ぶ。この段がハンドルの刻みから来た名前なのかは、確かめられた資料が見つかっていない。ただ英語の notch には「a notch better」のように、ひと段階の差を指す口語の用法がある。

オーディオでは、切り込みは目に見えない。周波数ごとの音量を描いたグラフに、ごく狭い谷を一本作る。Adobe Auditionでは、中心周波数と減衰量、谷の幅を指定する。60Hzのハムノイズだけを落として、まわりの帯域は残したい。谷が狭いのは、そのためだ。

冒頭の問いの答えは、切り込みを入れる先にある。縁に入れれば目印になり、操作の幅に入れれば強さの単位になり、周波数の軸に入れれば削った音の跡になる。強さを数える語と音を削る語が同じ語なのは、刻む先が違うだけだからだ。

手元に縫製の型紙があれば、縁を見てほしい。小さな切り込みが一つか二つ入っているはずで、それが縫い合わせる相手の縁の切り込みと向き合っている。