プライマー
プライマー
5つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。
プライマー(DNA合成の起点になる短い核酸)
primer
PCR(DNAを試験管内で増やす方法)やシークエンシング(塩基配列の解読)で、DNA合成酵素が伸ばし始める起点になる短い一本鎖の核酸。標的の配列に合わせて18〜25塩基ほどのものを設計し、合成して使う。生体内の複製ではRNAのプライマーが使われる。
増幅がうまくいかないので、プライマーの配列を設計し直した。
プライマー(下地処理剤・下塗り材)
primer
塗装などの施工で、上塗り材や仕上げ材を付ける前に下地へ塗る液体(下塗り材)。下地への付着をよくするほか、劣化した層や脆い層に染み込んで下地を補強するものもある。コンクリート、モルタル、タイル、金属、プラスチックなど、製品ごとに適用できる下地が決まっている。
外壁に上塗りする前に、コンクリート面へプライマーを塗って乾かした。
化粧下地/ネイルプライマー
primer
メイクではファンデーションの下に塗る化粧下地を、英語ではプライマーと呼ぶ。ネイルではジェルやアクリルを乗せる前に爪へ塗る密着剤を指し、爪表面を酸で荒らして食いつかせる酸性タイプと、両面テープのように粘着層をつくるノンアシッドタイプがある。
ジェルが浮きやすいお客様の爪には、ノンアシッドのプライマーを先に塗る。
プライマー(歯科用接着前処理材)
primer
歯科で、金属やセラミックスなどの修復物の接着面に塗り、レジン系の接着材料との接着を高める前処理材。機能性モノマー(接着の相手と結びつく成分)と溶剤を含む液体で、塗布して乾燥させてから接着操作に進む。
金属冠の内面をサンドブラストしてから、専用プライマーを塗って自然乾燥させた。
プライマー(インク密着用の前処理剤)
primer
インクジェット印刷で、ガラス・PP/PEなど非浸透性の素材にインクを付ける際、先に印刷して密着を高める前処理インキ・液。素材によってはプライマーを使っても密着が不十分になることがあり、事前の試験が必要とされる。
ガラスへの直刷りは、プライマーの要否を先に試してから刷る。
缶に入った下地と、アルファベットの列
ホームセンターの塗料売り場に、プライマーの缶が並んでいる。下地の材質に合う缶を選んで買う。一方、遺伝子の研究室で使うプライマーは、18〜25塩基ほどの、アルファベットで書かれた短い列だ。
液体と文字列が、なぜ同じ名前なのか。
英語の辞書サイト Wiktionary によると、塗料のプライマーも DNA のプライマーも、動詞 prime に -er をつけた語とされる。prime には「主な働きの前に準備する」という意味があり、機械の燃料ポンプを動かせる状態にすることも prime、銃砲に点火用の火薬をつけることも prime、仕上げ塗りの前に下塗りの塗料を塗ることも prime と呼ぶ。メイクでファンデーションの下に塗る下地も、英語では同じ primer だ。
どれも本作業の前に置かれ、本作業が取りつく足場になる。塗料や仕上げ材は、プライマーを塗った下地の上に重ねる。ネイルのジェルは、爪に塗った密着剤を足がかりにする。ガラスへ直接印刷するインクも、先に下へ入れた処理液の上で剥がれにくくなる。DNA 合成酵素も同じで、何もない場所からは伸ばし始められず、すでにある短い鎖の端に塩基を足していく。その短い鎖がプライマーである。
ところが、足場が最後にどうなるかは、業界でそろわない。
塗料や接着の下地は、仕上げ材の下に残る。細胞の中の複製では、そうならない。はじめに置かれた RNA のプライマーは、DNA の合成が終わる前に、酵素で分解されて取り除かれる。足場なのに、あとで外される。
ネイルのプライマーには、爪の表面を酸で荒らして食いつかせる酸性タイプと、両面テープのような粘着層をつくるノンアシッドタイプがある。同じ密着剤でも、削って噛ませるものと、間に一枚挟むものに分かれている。
英語にはもう一つ、綴りの同じ primer がある。祈祷書や初級の読本を指す語で、Wiktionary では語源が別とされ、中世ラテン語の primarium(祈祷書)、さらに祈りの時刻を表す prima にさかのぼる。祈祷書が読み書きを教える本として使われたことから、入門書の意味になったという。発音も、アメリカ英語では「プリマー」に近い読みが本来で、「プライマー」と読むのは別の語からの借用だとウィクショナリーは書いている。
缶が下地ごとに分かれているのと同じで、研究室の配列も標的ごとに変わる。標的の配列が違えば、同じプライマーは使えない。