用語

サンプル

サンプル

5つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。

音響・レコーディング

標本(サンプル)

sample

アナログの音声波形をデジタル化するとき、一定の時間間隔で切り取った1点分の値。1秒間に何回切り取るかをサンプリング周波数(サンプルレート)といい、音楽用途では44.1kHzや48kHzが標準的に使われる。録音機器やDAW(音楽制作ソフト)の設定では、この数値の選択が音質とデータ量を左右する。

このプロジェクトはサンプルレートを48kHzに揃えて録音する。

分析・計測

試料

sample

分析や試験にかける対象として、原料や製品、環境などから採取した一部。均一でない対象は、採取位置や量で結果が変わるため、規格で採取と調製の方法が定められている。鉄鉱石や鉄鋼などについて、試料の採取と調製の方法がJISにそれぞれある。

分析前に、サンプルを規格どおりに粉砕して調製した。

学術・研究

標本

sample

統計学で、母集団全体を調べられないときに、そこから抽出して実際に調べる一部の対象やデータ。抽出した個数をサンプルサイズといい、小さいと標本誤差が大きくなり推定の精度が下がる。調査の信頼性を判断する基本量になる。

母集団から無作為に抽出したサンプルの平均を推定に使う。

広告(マス・屋外・販促)

試供品

sample

商品を買ってもらう前に試してもらうため、無料や低価格で配る少量の商品。街頭やイベントでの配布、ダイレクトメールへの同封などで届け、認知の拡大や購入の後押しに用いる。この販促手法は「サンプリング」と呼ばれ、試した人の口コミやSNSでの拡散も期待される。

新商品の発売に合わせて、駅前で試供品のサンプルを配る計画だ。

日用品・消費財

見本(量産前の試作品)

sample

アパレルの製造で、パターン(型紙)と仕様書をもとに、工業生産の標準的な縫い方で実際に縫い上げる量産前の見本。企画・販売側がこの見本で形や縫い上がりを確認し、縫い上がったサンプルを見ながらパターンを調整して、最終的な量産パターンにする。

サンプルの袖丈を直してもらってから、量産に入る。

「見本」から出た語を、日本語は三つに訳し分けた

英語の sample は、example と同じラテン語 exemplum から出た二重語とされる。exemplum は「取り出されたもの」という意味で、古フランス語の essample、アングロ・フランス語の saumple を経て、語頭の音が落ちた形が sample になった。「全体の質を推し量るための少量」という意味は、15世紀初めには英語に見える(語源辞典 Online Etymology Dictionary による)。

もとは「全体から取り出した一部」という一つの考え方だった。それが日本語に入ると、入った先の業界ごとに別の訳語が付いた。統計学では「標本」、分析では「試料」、広告では「試供品」と呼ぶ。音声にも「標本」がある。

取り出した物と、取り出す動作

分析の現場を見ると、物と動作で呼び方が分かれている。JIS の規格名では、鉄鉱石の JIS M 8702 が「サンプリング」、鉄及び鋼の JIS G 0417 が「採取」と書き、どちらも取り出した物は「試料」と呼ぶ。広告も同じ形をしている。配る物は「試供品」だが、配る行為はカタカナで「サンプリング」と呼ぶ。

物の名前は訳され、動作の名前は英語のまま残る例が目立つ。

音声と統計が同じ「標本」になった場面

意外なのは、統計と音声が同じ「標本」を使っていることだ。統計の標本は、母集団から選んだ対象を指す。音声の標本は、連続した波形から一定の間隔で読み取った1点の値を指す。どちらも「全体のうちの一部」という点は共通しているが、扱う対象はまるで違う。

音声の側では、この訳語が定理の名前にまで入っている。連続した信号を、元の最高周波数の2倍を超える頻度で標本化すれば、元の波形を復元できるという「標本化定理」である。クロード・シャノンの名で知られることが多いが、ほぼ同じ内容は、ソ連のコテルニコフ(1935年)、ドイツのラーベ(1938年)、日本の染谷勲(1949年)も、それぞれ独立に証明していたことがのちに知られた。

音楽用の標準的な値である44.1kHzや48kHzは、この定理にもとづく。人の耳に聞こえる範囲のおよそ2倍を超える頻度で切り取る、という考え方である。

標本化定理の「標本」と、統計の「標本誤差」の「標本」は、日本語では同じ漢字2字で書かれる。分析の「試料」や広告の「試供品」は、この2字を共有していない。