用語

トラック

トラック

3つの業界で、それぞれ別の意味で使われています。

音響・レコーディング

トラック(録音の1本分の音声)

track

レコーディングやDAWで、ボーカル・ギター・ドラムなどの音を1パートずつ別々に録音・編集するための独立した音声の層。複数のトラックを重ねるのがマルチトラック録音で、各トラックの音量や定位を調整して最終的な2ミックスにまとめる。DAWの普及でトラック数の制約が小さくなり、テイクごとに別トラックへ残す使い方も一般的になった。

ボーカルのテイクを3トラックに分けて録っておいて、あとでいいところをつなぎましょう。

スポーツ・フィットネス

トラック(陸上競技:走路/自転車競技:トラックレース)

track

陸上競技場で、競走用の走路。

出典:デジタル大辞泉(小学館)/コトバンク

陸上競技では競技場の周回走路、またそこで行う短距離・中長距離・ハードルなどの走種目全体(トラック種目)を指し、跳躍・投てきのフィールド種目と対になる。自転車競技では、ベロドロームと呼ばれる周回バンクで行うトラックレースを指し、スプリントやケイリンなどがある。

午前はトラック種目の予選、午後にフィールド種目の決勝が組まれている。

インフラ・クラウド・セキュリティ

トラック(ディスク上の同心円状の記録領域)

track

HDDなどの円盤状の記憶装置で、磁気ヘッドがアクセスできる同心円状の記録領域。1周分のトラックがセクタに区切られ、複数の記録面で同じ位置にあるトラックの集まりをシリンダと呼ぶ。同じシリンダ内ならヘッド移動なしで読み書きできるため、アクセス速度の説明やデータ復旧の場面で使われる。

不良セクタがトラックの特定の位置に集中しているので、ディスクの故障を疑ったほうがいい。

トラックは足跡から、テープとドラムを経た

Ampex の弁護士は、マルチトラックは「当たり前の工学」で特許にならないと助言したという。当たり前に思えたのは、トラックという語がすでに何通りにも使われていたからかもしれない。録音、HDD、陸上競技場で、同じ語が別の物を指している。

馬の通った跡から磁気の帯へ

英語の track は、15世紀後半に「足跡、何かが残した跡」の意味で英語に入った。語源辞典 Etymonline によると、もとは馬の通った跡を指す古フランス語 trac で、その先はゲルマン系の語(trek の仲間)と考えられているが、確定はしていない。「走った跡」が先にあり、「走る道」はそこから広がった意味だと見るのが自然だ。ただし、スポーツの走路の意味がいつ定まったかは、今回の調べでは確認できていない。

跡は、のちに磁気の上の帯になった。磁気ドラムメモリでは、ドラムの表面を周方向に分けた1本ずつの記録の通り道がトラックと呼ばれ、読み書きのヘッドも1トラックにつき1つ置かれた。この呼び名は、1956年に IBM が市場に出した最初の磁気ディスク装置 RAMAC にも引き継がれた。RAMAC はヘッドを上下と半径方向に動かして、目的のトラックを探した。いまのHDDのトラックは、このドラムの作りを受け継いだ言葉である。

テープの幅を分けた録音

音響では、磁気テープの幅を分けて複数の音を並べた。ギタリストの Les Paul は1949年ごろから、テープ機に消去を止める細工をして音を重ね録りしていたが、1回失敗すると録音が台無しになり、重ねるたびにノイズも増えた。Ampex が1955年に開発した Sel-Sync は、すでに録った音を聴きながら、別のトラックへ同期して録る方式である。のちに8トラックの機械が Les Paul に渡された。

こうして並べると、同じ語の三つの用法は物として似ていない。陸上競技場のトラックは人が走る道で、HDDのトラックは円周上をヘッドが動いて通る領域であり、DAWのトラックは画面の左から右へ時間が流れる横長の帯である。共通するのは、一本の筋に沿って何かが進むことだけだ。

弁護士が「当たり前」と呼んだのは、テープの上に並んだその筋の一本一本だったことになる。今日DAWの画面に並ぶ帯は、その名残だと言える(この見立ては筆者の推測)。